長男、発達障害かも?と思うまで:2(幼児期・インター園)

発達凸凹
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ママから離れることが出来ない。一人遊びが出来ない。
感覚過敏によって不安の感覚が強かったのだろうけど、当時の私はそんなことも知らず、ママべったりかつ怒りっぽい長男と毎日過ごすのはなかなかしんどいことも多かった。

インターのモンテッソーリ園へ

父親(ニュージーランド人)の母国語である英語の習得への懸念もあったため、2歳のお誕生日前から、近所のインターナショナル・プレスクールに通い始める。
色々なリサーチの結果、夫婦ともにモンテッソーリの理念に感銘を受け、園を決めた。より自立し、自己表現や感情コントロールができる子になってくれれば、という期待もあった。
週3日のコースで通い始めたが、毎朝園の玄関で泣いては行き渋り。何ヶ月たっても慣れる様子が見られなかった。お迎えの時にはニコニコとしているし、昼間は楽しそうに過ごしているとのこと。
初めは、母子分離だけでなく、突然の英語環境が辛いのかなとも思ったが、先生によると英語でつまづいている様子はないとのこと。家でも、日本語も英語も問題なく理解していたし、両言語ともに話すのも月齢平均よりも早いくらいだったし、言語が原因ではないようだ。やはり母子分離か。
親が去った後は楽しく過ごしているとのことなので、3歳を迎えて通園を週5日に増やした。
(毎日登園した方がリズムが出来て泣かなくなるかも、というのと、こちらの園では3歳以上は週5日コースのみだったので。)
宥めたりすかしたりしながらさらに1年。
このスクールには合計で約2年間お世話になったのだが、2年間通して、ニコニコと登園する期間はほぼなかった。
「そのうち慣れるよ」と色々な人に言われて頑張ったけれども、まる2年間たっても改善しなかったこと、毎朝の行きしぶりが親としても精神的に辛かった。

行きたくない理由は、お昼寝とモンテッソーリ

最終的に、退園を決めたのは4歳のお誕生日を迎える少し前。
その頃には、割と複雑な会話もできるようになっていたので、何度も行きたくない理由を聞いてみた。どうやら「お昼寝の時間」と「ワークの時間」(モンテッソーリでは教具を使うことを「ワーク」=「お仕事」と呼ぶ)のふたつが、お気に召さない様子。

寝たくないんだよ、やることがいっぱいあるんだもん

「寝たくないんだよ、やることがいっぱいあるんだもん。」
というのが、どうして寝るのが嫌なの?と尋ねた時の、長男の返事だった。
前の記事にも書いたが、生まれた時から、お昼寝を含め寝ることをとにかく嫌がる子どもであった。
2時間かけて寝かしつけても20分で起きることなどしょっちゅう。1日の睡眠時間が10時間を超えていたのは、本当に新生児の頃くらいではないだろうか。
(ニュージーランドに引っ越してきてからは、よく眠るようになったけど)
6歳の今でもそうなのだが、起きた瞬間から寝る直前まで、彼の脳はフル回転。四六時中激しく刺激を求めているし、「寝る時間なんて退屈なだけ」なのだ。

しかし、寝るのが嫌いとはいえ、当然ながら睡眠不足になると俄然機嫌が悪くなる。些細なことで癇癪を起こしたり、とにかくぐずぐずと甘えてきたり。
「眠たいなら寝なはれー。誰も止めてませんがな!!」
と、叫びたくなることもしばしば。
園の先生に聞くと「おでこをなでなでしていると寝ますよー気持ちよさそうにしてますよー」とおっしゃっていて驚いたものだが、本人は「寝たくないのに眠らされている」と膨れっ面。また、保育園ではなぜか寝られる代わりに、自宅での就寝時間がどんどん遅くなり、親としては寝かしつけ時間が憂鬱な日々だった。

Workは嫌なんだ。Playがいいんだよ。

モンテッソーリでは、幼児期の発達を促すための独自に考え抜かれた教具が用意されていて、その教具を使う時間を「Work」(お仕事)と呼ぶ。
教室には様々なお仕事の道具が整然と並べられていて、自分の興味のある教具を一人でとりに行って静かに取り組み、終わると静かに戻して別の教具を取ってくる、というのが基本的な流れ。先生はそれを静かに見守り、必要以上に手伝うことや、過剰に褒めるなどはしないそう。「敏感期」と呼ばれる、個々人の成長段階に適した道具を自ら選び取って使うこの方法は、自立を育み、静かな達成感と自信を与える、心震える素晴らしいメソッドなのだ。
私たち夫婦はこの理念に心から共感していたし、実際に周囲の子どもたちや保護者の満足度も非常に高いものだった。だがしかし…。
絶えずハイパーに動き回ったり(感覚探求)、お友達と声を出してふざけあったり(感覚探求)、独創的な教具の使い方(本来の使い方ではなく自分で考えた使い方、例えば複数の教具を組み合わせて電車や車を作るなど)が許容されないモンテッソーリの環境は、長男にとっては退屈でストレスだったと今なら納得できる。
「WorkじゃなくてPlayがしたい」という言葉は長男が何度か使った言葉だ。多くの子供は、「お仕事」と聞いて、自分が一人前になったような、誇らしいことをしているような気持ちになるのだと思うが、うちの子にとっては違ったらしい。
我が子にはモンテッソーリが合わなかった(少なくともこの園のスタイルは)という事実は、私たち夫婦にとって少し残念ではあったが、どんなに素晴らしい教育方法でも、誰にでも合うわけではないのだという、とても良い勉強になった。
また後に、ギフテッド児5人(!)を育てた長岡真意子さんが、彼女の家の長男君もモンテッソーリと(おそらくタイミングが)合わなかったというこの記事を読み、なんだか色々と腑に落ちたものであった。

ちなみにこのモンテッソーリ園でも、息子は感覚過敏、感覚探求などの衝動は全て完全に封印していた。先生に家での多動や癇癪の様子を話しても「???」という感じであったため、私たち夫婦も「やはり親の我々が神経質すぎるのでは…」という疑惑で、脳内いっぱいになっていた。

自由と電車を愛する我が家の長男はその後、公立の認可保育園へ転園することになる。

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